ボルボB10M(富士重工7E)1998年式
この車両は当時の京成電鉄バスが幕張地区用に大量投入したボルボB10Mです。以前紹介した車両はラッピングを施されていましたがこれは一般路線塗装です。といっても京成バスの標準カラーではなく幕張地区用のかもめ塗装です。このB10Mは国内では京成電鉄のみが導入した車両でボディは日本では見慣れた顔つきの富士重工7Eベースのものをを架装しています。全長18mということで、簡単に言えば日産ディーゼルRPとかいすゞLTとかを2台くっつけたもののような感じでしょうか。しかしエンジンルームと運転台は1台分のみなのでその分定員はそれら2台分よりも多く、驚異の140人を確保しています。
これらの車両は先日同地区にベンツ・シターロGが導入されたことによって運用から外れたそうなので恐らく登録も抹消されたのでしょう。なお、これらの車両は何と京成バスが販売するとのことで、今後の行方が注目されるところです。
なお、下写真は晩年、連接バスの運行開始10周年を記念して掲出されたマスクです。
鹿児島市営バスは九州のバス事業者の中で初めてブルーリボンシティハイブリッドを導入しました。現在まで増備が進み、その数は15台までになっており、写真のようにハイブリッド同士が並ぶ姿も珍しくなくなってきました。今回は、その年式ごとに仕様の変更点などを見ていこうと思います。
鹿児島200か・544 形式:ACG-HU8JMFP 2006年式
この車両はその鹿児島市営のハイブリッド車の第一陣にあたる車両で一気に5台が投入されました。また、スロープも今時珍しくライコン製の電動スロープを装備するなど気合いが入ったものとなっています。なお、この年の車両はシートが交通局オリジナルの緑モケットのものなので国交省標準ノンステ仕様には認定されていません。
鹿児島200か・622 形式:ACG-HU8JMFP 2007年式
次の年にも増備されました。この時はCNG車も入った関係もありハイブリッドは2台のみにとどまりました。この年からシートが青系となり、ステッカーはありませんが標準NS仕様に認定されるようになったはずです。電動スロープは引き続き装備しています。
鹿児島200か・720 形式:BJG-HU8JMFP 2008年式
2007年度末にもまたまたハイブリッドが導入され、これで3年連続の同車種購入となりました。今回から車両が重量車燃費基準を達成したためBJG-代を名乗るようになりました。車いす搭載台数が2台から1台となり、スロープも着脱式のものとなりました。
鹿児島200か10-18 形式:BJG-HU8JMFP 2010年式
そしてこれが今年導入された車両です。窓ガラスがスモークとなり、さらにどういうわけか戸袋部分に「市営バス」という文字がでかでかと書かれています。スロープはさらに変更され、引き出し式のものとなっています。国交省標準ノンステップ仕様のステッカーを貼っているのは、同市で市営バスと熱烈な競争を展開しているいわさきBNや鹿児島交通への対抗のためでしょうか・・・?(最後の画像は鹿児島市営バス大好き様ご提供)
いすゞP-LR312J(IKコーチ ジャーニーJ)1986年式
この車両は大分交通グループの一大勢力であるいすゞ中型車の中でも最古参にあたる車両です。この車両はすでに製造から23年が経過していますがいつのまにか国東観光に転属していました。2008年には見なかったので2009年の移籍と思われます。カラーは高田観光カラーそのまんまでエンブレムも大交北部バス標準の旧大分交通のものをつけたままで「国東観光バス」と書かれていますから結構な違和感を感じます。しかも同社は2007年には大交北部バスからトラバスカラー車の購入経験もありますから、そちらも違和感があります。移籍時点ですでに国東営業所の最古参車両となっており(杵築営業所には同時期購入車がまだ3台在籍)、運用も駐車位置からして予備っぽそうな気がします。
この車両はかつて国大線の主力中の主力であったふそうMM(P-MM517J)です。この車両は2009年以降は国大線に残る唯一のMMでしたが遂に昨年夏に運用離脱し、今年ナンバーを切られました。これで国大線からふそうMMが全滅したことになります。
この車両は大分交通が88年にこの路線に導入したもので同時期に長距離路線用には路線バスベースの大型ショートを導入していた大分バスに対して大分交通は一部を除きこのように完全な観光タイプで導入していました。車内も簡易式ながらリクライニングシートを搭載しており、長距離路線にふさわしいものとなっていました。MMは全部で11台が投入され国大線の一大勢力を誇っていました。しかし2000年以降国東営業区の所管路線の多くが子会社へ移管されMMも次第に数を減らしていき、2001年以降同路線に残ったのは4台のみとなっていました。そして2008年になると2台が廃車され、さらに2009年には14-57とともに生き残った14-68も廃車され、この車両も予備車として待機する日々が続いていましたが、遂に2009年夏に運用を離脱してしまいました。
大交北部バスは大分交通の子会社の1つで、2005年に中津観光バスが社名変更して成立した会社です。しかしこれ以前にこのエリアでは大きな変動が起こっており、また以前は子会社ももっとあったためにカラーリングも多数あります。今回は、そのカラーバリエーションを紹介していこうと思います。
写真のカラーは大分交通の旧カラーで通称「トラバスカラー」とも呼ばれるものです。元々は旧高田観光バスが営業拠点を置いていた豊後高田市が「昭和の町」づくりを進めておりその一環として2003年に登場したものです。その後は同じ高田観光のエリアだった院内地区の車両も塗り替えが始まったほか、高田観光が中津観光に吸収され中津観光が現在の社名に変更後は高田から中津への転属車を皮切りに中津・耶馬溪地区でも採用が進み、現在は大交北部バスの標準塗装となるほどにまで数を増やしています。写真は今年2月に導入された新車です。これも中津地区にトラバスカラーで登場した例の一つです。
写真のカラーは旧中津観光バスの標準カラーだったものです。大分交通標準カラーのピンク帯の部分を独自の黄色に塗り替えたものです。中津観光バスは1988年に大分交通本体から中津地区の一部路線を譲り受けて発足した会社です。その後1994年には旧豊前観光バスの耶馬溪地区の路線、2004年には大分交通本体の中津営業所が運行していた残りの路線を全て譲り受け、さらに2005年10月に高田観光バスを吸収合併し、同年11月に現社名へ変更しています。この塗装は現在も中津・耶馬溪地区で見ることができます。
写真のカラーは旧高田観光バスの標準カラーだったものです。こちらはデザインも独自のものになっています。高田観光バスは1988年に大分交通本体から高田地区の一部路線を譲り受けて発足した会社です。1995年に豊前観光バスの安心院・院内エリアの一部路線、そして2000年に全ての両地区の路線を譲り受け、2005年10月に中津観光バスに吸収されています。高田・院内地区は高田観光時代からトラバスへの塗り替えが進んでいたためこのカラーはかなり少なくなっています。
写真のカラーは旧豊前観光バスの標準カラーだったものです。豊前観光バスは1988年に安心院・耶馬溪地区の路線を譲り受けて設立した会社でしたが、営業エリアの割に沿線利用者が少なく、また幹線の特急日田中津線や中津安心院線、安心院別府線などはまだ大分交通本体が運行していたこともあり、1995年までに前述の他子会社に全エリアを譲渡して清算されました。しかしその後もこのカラーは高田観光で大分交通本体からの転入車の塗り替えなどで簡易カラーとして使用されてきましたが、2009年に最後1台がトラバスカラーに塗り替えられて消滅しています。
大交北部バス発足後には何と大分交通の貸切カラーに塗り替えられた車両も現れました。これらの車両は貸切として使われることも稀にあるようですが普段は路線運用に従事しているようです。
大分交通グループは2月、路線用途に2台の新車を導入しました。車両は2台ともいすゞエルガミオノンステップ(PDG-LR234J2)で、国東営業区に1台と、大交北部バス中津営業所に1台導入されました。両車とも、降車ボタンの音色が変更された以外は昨年導入車と変わりはないようです。今回の新車導入で、大分~国東線の車両は車いす対応車が6台(土休日は5台)となり、さらにバリアフリー化を推し進めることになりました。
まずは国東営業区に投入された大分200か・466から。一応国交省標準仕様ノンステップバスに認定されていますが、そのステッカーは貼られていません。ノンステップバスであることをアピールすることもできるので、折角なので貼ればいいのにと思うのですが・・・
466のリア。まだ納車後間もないためか、ステッカー類は一切ありません。
なお、この車両の投入で唯一国大線に残っていたふそうMM(22か14-57)が廃車され、遂に国大線から一大勢力を築いていたMMが全廃となってしまいました。
続いて大交北部バス中津営業所に投入された大分200か・467。中津日田地区としては昨年に続くノンステ導入になりましたが、今回は耶馬溪営業所ではなく中津営業所に導入されました。もちろん塗装はトラバスカラーです。主に中津~守実温泉線や中津~大貞線で走っています。
467のリア。今回も大交北部納入車に関しては新製時からリアに広告枠が取り付けられ、それに併せてナンバーも右寄りに装着されています。
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